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首里汀良町時代

(1946〜1953年)
首里郷土博物館〜首里博物館

 1945年10月ころから首里や那覇に住民の移動が可能になり、人々は収容所からそれぞれの町や村に帰っていきました。昭和21年3月、豊平良顕と5人の職員による首里市文化部が発足、汀良町の首里教会裏にあったトタン葺きの空き家を借りて、文化財を収集し、「首里郷土博物館」と名付け一般に公開しました。その後、運営を首里市が引き継ぎ、名称を「首里市立郷土博物館」としましたが、負担が大きく、11月には沖縄民政府に移管されて、「首里博物館」となり、原田貞吉が館長に赴任しました。
 当時の首里博物館は本館・26坪、事務所5坪のトタン葺でしたが、事務所などは壁がなく、金網やテント地で囲った程度だったようです。戸締まりのための鍵などもなく、開けるたびに釘を打ち付けていました。しかし、台風による資料等の損傷や防犯上の理由から、龍潭池畔に新たに新館を建設し移転することになり、同時に石川の東恩納博物館も合併されました。

■沖縄民政府立修理博物館正面玄関での記念撮影

■沖縄民政府立首里博物館正面玄関での記念撮影