1. 大山盛保(おおやませいほ)さんと沖縄の化石研究

大山盛保(おおやませいほ)さんと沖縄の化石研究

最終更新日:2012.12.14

港川人の発見者、大山盛保さんは、戦後の沖縄で実業家として活躍する傍ら、県内各地で数多くの化石産地を発見し、ご家族や社員の方々、研究者らとともに調査されました。収集された膨大な化石コレクションに引き寄せられるように、多くの研究者が大山さんのもとを訪れ、沖縄の化石研究を牽引する原動力となっていきました。このように、沖縄化石研究のパイオニアとして活躍した大山さんは、港川人の発見に留まらず、古生物の分野に残る数々の新発見をなしとげています。

沖縄では戦前から、各地でリュウキュウジカなどの絶滅種のシカ類化石が発見されており、古生物の分野で注目されていましたが、大山さんが具志頭村(現 八重瀬町)港川フィッシャー遺跡で発見した化石はその多くがイノシシのものでした。当時、沖縄のイノシシは人が持ち込んだブタが野生化したものと考えられており、港川から発見された人骨も、それほど古いものではないと考えられていたようです。しかし、人骨やイノシシ化石とともに発見された木炭の放射性炭素(ほうしゃせいたんそ)年代測定の結果、これらが1万8千年前の後期更新世のものであることが明らかになり、沖縄のイノシシのルーツも従来考えられていたよりはるかに古い時代にまでさかのぼることが証明されました。大山さんの発見が、学界の常識を覆したのです。

また、1970年9月27日に知念村(現 南城市)クルク原の採石場で、大山さんは大型のリクガメの上腕骨を発見しています。この大型のリクガメは、発見者の大山さんを記念してオオヤマリクガメと名付けられました。その後、髙橋亮雄氏(岡山理科大学)らが中心となってオオヤマリクガメの系統的な研究が進められ、2003年には東南アジアなどに分布するムツアシガメ属の新種として正式に記載され、Manouria oyamaiという学名が与えられました。こうした古生物学界への数々の寄与を顕彰して、1995年には古生物学会より貢献賞が授与されています。

港川人発見から40年あまりが過ぎ、新たな人骨化石も沖縄各地で発見されています。港川人に匹敵するような人骨は、未だに発見されていませんが、次々と発見される新たな証拠は、旧石器時代人としての港川人の位置づけを補強しています。2012年10月には、大山さんの人類学への多大な貢献に対して、日本人類学会から学会功労賞が授与されました。これは、在野の研究者としては初となる受賞で、港川人の発見が得がたい偉業であり、さらにその価値が学界に認められたことを示しています。

沖縄県立博物館・美術館でも、2007年から港川人に匹敵する発見を求めて、沖縄島南部で継続的に発掘調査を行っています。今後の発掘調査で港川人に関する新たな証拠が得られることを期待するとともに、大山さんの業績が末永く顕彰されていくことを心より願って止みません。

主任 山崎真治

シェアしてみゅー

TOP