1. 小さなエイリアン シロアゴガエル -誰もができる駆除法を目指して-

小さなエイリアン シロアゴガエル -誰もができる駆除法を目指して-

最終更新日:2012.03.23

写真1 産卵中のペア

写真1 産卵中のペア

写真2 複雄配偶の様子。もう1匹のオスも近づいてきている場面

写真2 複雄配偶の様子。
もう1匹のオスも近づいてきている場面

写真3 シロアゴガエルの卵(左)とオキナワアオガエルの卵(右)

写真3 シロアゴガエルの卵(左)と
オキナワアオガエルの卵(右)

写真4 オオタニワタリの葉につくられた泡巣。その下には水面がある。

写真4 オオタニワタリの葉につくられた泡巣。
その下には水面がある。

シロアゴガエルPolypedates leucomystaxは東南アジアに広く分布するアオガエルの仲間で、1964年に嘉手納基地近くで発見された外来種(エイリアンスピーシーズ,alien species)です。今では沖縄島低地のほぼ全域をはじめ、周辺離島や宮古諸島、石垣島などに定着し、それぞれの島を席巻する勢いです。沖縄に定着したシロアゴガエルは、従来、ベトナムあたりから物資とともに持ち込まれたのだろうと思われていました。しかし、DNAを分析した最近の研究によって、沖縄に定着している集団はフィリピンの集団に由来することが明らかにされ(Kuraishi et al., 2009. Pac. Sci. 63:317-325)、さらに別の研究で、フィリピンの集団もほかの場所から人為的に持ち込まれた可能性が高いことが明らかにされています(Brown et al., 2010. Mol. Phylogenet. Evol. 57:598-619)。  在来生物に対して大きな影響を与える可能性が高いことから、環境省は外来生物法に基づき、このカエルを特定外来生物に指定しました。この法律によって、移動させることなどが規制されるものの、すでに定着している集団をコントロールする方法は確立されていません。現在、沖縄には多くの外来生物が定着しており、環境省や県自然保護課などの担当部署の限られた人員や予算では、すべての問題に対処することが不可能な状況のようです。そこで、誰もができるシロアゴガエルの駆除法を検討することにしました。  駆除というと、その対象としてまず思い浮かぶのは成体や幼生(オタマジャクシ)です。しかし、成体の捕獲は主に夜間作業になり昼間よりも危険を伴います。産卵場所に一時的にしかとどまらないメスを見つけるのも容易ではありません。また、幼生をすべて採集することはよほど単純な構造の水場でなければ難しく、その上、タモ網などの採集道具で池の中を攪拌する結果、水中環境を攪乱してしまいます。在来生物を保全するための行為が、在来生物に対する攪乱になってしまっては本末転倒でしょう。そこでターゲットを卵に絞ることにしました。

シロアゴガエルは、実は、メスが排出した粘液でつくった「泡巣foam nest」の中に産卵します(写真1)。時々、1匹のメスに複数のオスが集まる複雄配偶が見られます(写真2,田中・千木良,2011,沖縄県立博物館・美術館,博物館紀要 第4号pp.1-6. 。卵はすべて泡巣の中にパックされている状態なので、泡巣を除去すれば、1回分のすべての卵を駆除できることになります。そこで実際に、ある産卵場所で見つけた泡巣の除去を毎日続けました。すると、1年目に270個余りを数えた泡巣は、翌年には40個余り、さらにその次の年には1個になりました。この数字から成体の死亡率も高いことが予想できますが、実際に産卵場所に出現する成体の個体数も激減しました。もちろん、一カ所だけから駆除しても、まわりから新しい個体がやってくることは避けられません。しかし、泡巣の除去だけで一定レベルにまで個体数をコントロールすることが可能だということを確かめることができたのです。

沖縄島中部では、シロアゴガエルは5月初旬から11月中旬頃まで産卵します(田中,2012; 沖縄県立博物館・美術館,博物館紀要 第5号 pp. 1-10.;。この期間は、シロアゴガエルと同じような泡巣をつくるオキナワアオガエルの産卵期間とほとんど重複しません。そのため、5月から11月中旬までに見つけた泡巣は、シロアゴガエルのものと思ってほぼ間違いないでしょう(ただし、沖縄島北部山地では、オキナワアオガエルの産卵が5月頃まで延びる可能性があります)。また、オキナワアオガエルの卵(直径およそ 2.4mm)に対してシロアゴガエルの卵(およそ1.6mm)はずっと小さいので(写真3)、慣れると卵を見てすぐにどちらの泡巣かを判別できるようになります。

ところで、シロアゴガエルの泡巣を駆除する際、一つ問題があります。特定外来生物に指定されているため、成体だけでなく、卵も持ち帰って処分することができないのです。それではどうすればよいでしょうか。泡巣は孵化した幼生が脱出すると水場に到達できるような場所につくられます(写真4)。そこで、孵化した幼生が水場に到達できないように、少し離れた場所に泡巣を置くだけで、駆除は完了します。

さて、ここまで読んで、少しの泡巣を除去したところでいったいどんな効果があるのかといぶかる人もいるでしょう。もちろん、本種を広域でコントロールすることは、たとえ泡巣の除去が効果的といえども一個人では限界があり、組織的に進める必要があります。しかし、次のような場合はどうでしょうか。
ヤンバルの林道ぞいの側溝のたまりで一つの泡巣を見つけたとします。そのままにしておくと、やがて数百個の卵が孵化し、かなりの数の個体が変態・上陸してしまいます。しかし、その泡巣を除去すればその事態は避けられるのです。シロアゴガエルは繁殖率が高く、世代時間が長くありません。もし、ヤンバルの森林に入り込むような個体が出現してしまった場合、瞬く間に森林内にも定着してしまうかもしれません。
シロアゴガエルが沖縄で最初に見つかってから50年ほど経過しています。私が沖縄でフィールドワークをするようになった35年ほど前にはあまり目立つ存在ではありませんでした。それが、近年になって、かなりのスピードで分布を拡大しているようにみえます。原産地で、シロアゴガエルは熱帯雨林の中には生息していないようですが、何らかの至近要因を手がかりとして競争相手などの多い熱帯雨林の中に入らないのかもしれません。ヤンバルの林道ぞいで目撃されても森の中にまで入りこまないのは、熱帯雨林と類似した至近要因がヤンバルの森林にもあるのかもしれません。しかし数十年も経過すると、ヤンバルの森林の中に入り込む個体が出現し、森の中に生息する多くの固有のカエル類をはじめ、さまざまな在来種が大きなインパクトを受けるという事態が生じないとは誰も断言できないでしょう。このように考えると、林道ぞいの側溝のたまりなどから見つけた泡巣を除去し続けることは、シロアゴガエルのヤンバルの森林への侵入および定着を防ぐことにつながるのではないでしょうか。

主任学芸員 田中 聡

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