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貢納布のはなし 〜布ができるまで〜

 博物館の総合展示室に、「貢納布づくり」の模型があります。貢納布は簡単に言うと、税として納めた布のことです。さあ、模型をたどりながら布ができあがるまでを見ていきましょう。時は、琉球王国時代、近世の八重山地方のことです。 
 まず、首里から注文書が届くと、御用布座の役人や各村の役人たちは、貢納布の割当帳や糸の割当帳を作ります。それは6月中に行われます。
 それが終わると、百姓は文字が読めませんので、経糸の本数や布の長さを示す藁算を渡して、布づくりが始まります。
 上布の原材料は苧麻という植物です。博物館の民家の裏の畑で栽培しています。その茎から白い繊維が採れます。それを、細く裂き、縒りながら繋いで長い一本の糸にしていきます。その作業を八重山では「ブーウミ」と言います。この糸は8月の中旬頃までに村々から集められ、それを、さらに各村へ配分します。経糸はピナシと呼ばれる用具で必要分の長さと本数が整えられます。その後、絣模様を八重山の植物で染色します。割当の内容によって、藍、赤茶、黄色、紅色に染められます。
 さあ、いよいよ機織りに入りますが、自分勝手には進められません。織始めの検査を受け、合格して初めて織ることができます。御用布座の役人は、月に三回は、指導監督のため各村をまわります。それは逐一、頭(今の市長)に報告せねばなりません。機織りの場所は、模様の難しいものなどは、蔵元内の一角が当てられたようです。
 織り終えると、また検査です。御用布座で模様・長さ・幅が検査され、合格となったら、洗濯です。布晒しが終わり、最後の検査が1月の初めから2月10日まで行われます。御用布櫃に納めるのは、4月10日までの作業。4月は、春立船で王府へ納めに行く季節です。これが遅れると織った人も役人もお咎めを受けます。遅れた罰でもありますが、6月には、新しい注文書が届き、貢納布を課せられた百姓達の負担が重くなるからです。
 何度も検査が行われますが、不合格となった場合、どうなるのでしょうか。布は村へ差し戻され、織り直しになります。織る作業だけで2〜3ヶ月かかりますし、王府へ納品する船が出帆するまでには間に合いそうにありませんね。税を課せられる百姓達も大変ですが、いっしょに罰を受ける八重山の役人たちも検査・検査に追われ、こりゃぁ大変だ!と思ったら、職員を増やして下さいとの増員要求が王府に出されていました。許可された文書を見ると我がことのようにホッといたしました。
 最後に、この模型は闇雲に想像で作ったのではありません。八重山の役所に勤めていた絵師たちが描いたスケッチがモデルです。人形模型をじっくり見ると顔が一人一人違います。あなたに似た顔を見つけることができるかもしれませんね。
 このような苦労の末に出来た貢納布が、王府に納められ、その後どうなったのか、どのような模様だったのか、それについては、紙面も終わりに近づいたので、またの機会にしたいと思います。    
主任学芸員 與那嶺 一子

パネル展

写真1 貢納布づくりの模型
八重山の昔の絵(蔵元絵師の画稿)を元にして作りました。

 

バックヤード

写真2 苧麻の刈り取りと葉落とし
5〜6週間で、刈り取る程に育ちます。

 

ふれあい体験教室

写真3 苧績み(ブーウミ/糸づくり)
繊維を細く裂き、一本の糸にしてゆきます。

 

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写真4 整経(せいけい)
経糸の長さと本数を整えます。この道具はピナシ(八重山)・カシギ(宮古)と呼ばれます。

 

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写真5 織る
地機(ジーハタ)と呼ばれる織機で布を織ります。

 

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写真6 検査と櫃入れ
役人立会いのもとで検査が済むと、保管・運搬を兼ねた櫃(ケー)に詰めます。

 

博物館