2009年02月21日
担当学芸員 大城仁美

兵士の動員数、使用弾薬総量、兵士・民間人の犠牲者数など、ベトナム戦争は第二次世界大戦後最大の戦争となりました。
1946年に始まったフランス軍とベトミン同盟軍との戦争は、ベトミン軍の勝利に終わり、1954年、2年後のベトナム統一選挙を決めたジュネーブ協定が調印されました。
当時、東西冷戦の中で共産主義との対決を世界戦略としていたアメリカは、統一選挙によってベトナム共産党が主導権を握ることに危機感を抱き、サイゴンにゴ・ディン・ジェム政権を樹立させました。そのことによってベトナムは南北に分断し、南ベトナムに反政府組織「南ベトナム解放民族戦線」が結成され、内戦となりました。アメリカは南ベトナム政府軍支援の戦闘部隊を派遣、北ベトナム軍も戦闘に参加し、ベトナム戦争は拡大しました。
ベトナム戦争は世界の多数のジャーナリストによって取材された戦争としても大きな特徴がありました。南ベトナム政府軍・アメリカ軍を支援する資本主義国側と、解放戦線・北ベトナム軍を支援する共産主義側との対決という構図も関心を呼びました。アメリカ軍が戦場の取材に大きく協力したこともジャーナリストがベトナムに集まる要因となりました。1968年1月19日の時点で、サイゴンにあったアメリカ軍広報局がプレスカードを発行したのは464人になっていました。
私は1964年、「トンキン湾事件」直後の8月8日に初めて南ベトナムのサイゴンへ行きました。翌1965年1月7日、再びサイゴンへ行き、それから1968年12月29日までの4年間、ベトナムに滞在しました。その間、フリーカメラマンとして南ベトナム政府軍、アメリカ軍の従軍撮影を続けました。帰国して朝日新聞社に入社した後も、1970年にアメリカ軍のカンボジア侵攻作戦に従軍し、1972年には初めて北ベトナムへ行きました。1975年、ベトナム戦争終結以降も、メコンデルタからハノイまでの南北縦断をおこなったり、カンボジア国境紛争、中越戦争など、ベトナム取材を続けてきました。
2005年4月30日、ホーチミン市でベトナム戦争終結30周年記念式典を撮影しました。2008年9月にはダナンで催された日本・ベトナム国交正常化35周年の記念式典に出席しました。戦争から平和への、ベトナムの歴史をカメラマンとして44年間記録できたことを光栄に思っています。
石川 文洋